2022年08月18日
知識教育から 見識教育への 転換
安岡正篤先生は東洋学の泰斗として敬愛を集めている。
私が日頃から著書を透して道を教えを頂いている恩師である。
何気なく開いた
先生の本 「人生は自ら創る(PHP文庫)」 から、光り輝く文章を抜粋する。
・・・
「人間は学問修養しないと、宿命的存在、つまり動物的・機械的な存在 になってしまう。
よく学問修養すると、自分で自分の運命を作ってゆくことができる。
いわゆる 知命、立命(注) することができる。」
「人相でも変えられる。元来、人体は変化してゆくもので、
4年ないし7年間の間に人間の細胞は一新するものだから、
人相は変わる。変えられる。」
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注:
[ 知識の学問]と[智慧(見識)の学問]では非常に違うのでありまして、知識の学問は、我々の理解力・記憶力・判断力・推理力等、つまり悟性の働きによって誰にも一通りできるものです。子供でもできる、大人でもできる、善人もできる、悪人もできる。 程度の差こそあれ、誰でもできる。その意味では、機械的な能力です。
しかしそういうものではなく、もっと経験を積み、思索反省を重ねて、我々の生命や、人間としての体験の中からにじみ出てくるもっと直感的な人格的な学問を智慧の学問(知命)といいます。
だから知識の学問より智慧の学問になるほど、生活的・精神的・人格的になってくるのであります。
それを深めると、普通では得られない徳に根差した、徳の表れである「徳慧という学問(立命)」になる。
「 http://www.kokin.rr-livelife.net/book/book_yasuoka/book_yasuoka_6.html より引用。 」

( 長野県 義弟のパソコンより )
Posted by 蘭亭山荘主人(北原秋一) at 07:56│Comments(0)
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